とても敏感で繊細な人たち

HSPの人々が次世代は生きやすい時代に

朝支度に問題あり過ぎたADHD子ども時代

こんにちは😊

 

 

 

自己診断ではありますが、ADHDのhandsclapです。

 

ブログを訪れて下さりありがとうございます。

 

 

今日は私の『訳あり子ども時代』を振り返ってみたいと思います。

よろしかったらお付き合いください🙇‍♀️

 

 

・・よくもまぁ、通常の子と同じ教室で肩を並べていられたなぁ、と今更ながらヒヤヒヤしてしまいます💦

 

昭和40〜50年代、見逃してもらえる時代だった、というより、先生が一人ひとりに注視しない時代だったんですね。健常の子どもに混じってカモフラージュして育った気がしています😅(ありがたい)

 

 

1番苦労したのはまだ学習障害がわかっていなかった時代、あまりにもドジでのろまな私に「何かあんた変だ」と言っていた母親だったかも知れません😥

 

特に朝は母のストレスが半端なかったと思います。毎日私を怒鳴り散らさなければならなかったから。私は朝のエンジンがちっともかからず、母はいつもヒステリーを起こしていました。かなりのストレスだったに違いないです。

 

 

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皆が起きる時間は爆睡タイム

 

先ず、朝起きられないのです。目が覚めません。何もしたくありません。

ベッドから起き上がる事が苦痛で苦痛で仕方ない😣 朝は眠くてダルくて堪らないのです。

 

早く寝たら?何時に寝ていたの??

という声が聞こえてきそうですが、実家は早寝の習慣があり睡眠時間はしっかりとっていました。何時に寝たとか何時間寝たとか全然関係なく、とにかく朝はどれだけの睡眠を取ったかに関わらず、眠くて眠くて仕方が無いのです。(ちなみにアラフィフになった今も変わらない😥)

 

寝ぼける人のイラスト(女性)

 

 朝寝坊の私に対して怒り狂った母親、それでも起きない私のやり取りを見兼ねた父親(過保護)が私のベッドサイドへ来て、

「おんぶしてリビングへ連れて行ってあげるから10数える間に起きな」

と言って10をカウントダウンし、ゼロになるギリギリに半身を起こす私の腕を引っ張り上げて無理矢理にも何とか起こす役をしてくれました。

背負われ階下に降りて、ソファに降ろしてもらいソファーでまた寝る、という荒技をする私😥。 父親の協力がなかったら不登校になっていたかも知れません。確か、そこで靴下を履かせてもらった記憶と、その事で私を甘やかして父が母に怒られていた記憶もあります😊💦

 

登校拒否の女の子のイラスト

 

支度を始めるも頭がぼーっとして体に力が入らず何をする気にもなりません。

ましてご飯を食べる気なんてさらさらなく・・。食欲も全くないしお茶碗を持ったりお箸を動かしたり・・そんなことも何もしたくないのです。

 

 

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朝は全く食欲ない

 

 

そんな私に母親はしびれを切らし、姉(健常児)と比べられ「お姉ちゃんはちゃんと食べているのに💢!」と言い、私にも朝食を完食することを求めました。私は身体がとても小さくて痩せっぽっちで病気がちだったので母はそれをとても心配していて余計にムキになっていた様でした。

しかもお友達がもう迎えに来るという時間になっても「残しちゃダメだよ💢!!◯◯ちゃんには先に行ってもらうよ!全部食べるまで学校に行かさないからね!💢」とブチ切れて、まくし立てたものでした。虐待のようですが昭和の頃にはよくある光景かも知れないです。

私は半ベソをかいてなんとか朝食を喉の奥へ送り込む毎日でした。食べたくない時に食べさせられるのはなかなか辛いものがありました😣

 

ちなみに大人になった今、やはり朝ごはんは食べられません。午前中は身体がまだ眠っている状態で何も食べたくない日が多いです。うるさい親の監視の目(⁈)から逃れ、今は自由にやっています( ˘ω˘ )♪ 自由が好き♪

 

 

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怒り狂う母




 

 

 朝の私の思考は宇宙の彼方まで飛んで行ってしまい、体に力が入らない。入れたくもない感じです。例えばものすごく低血圧の状態に近いかもしれません。そんなボケーっとした私に届くのは、母の「早くしなさい!!」の怒りの叫び声と目を三角に釣り上げてキッチンに立つ母親の顔です。それはもうブチ切れて鬼の形相です。(記憶に残る母親の残像は、目を吊り上げて何故かおたまを振り回しています。それは私が誇張した想像の姿かも知れないですが)

そんな母親の必死の訴えにも、私は応える力はありませんでした😥これぞ障害、か。何だか申し訳ないようだ・・😞

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ボーっ・・・



 

どうして、クラスメイトや皆んなは朝っぱらからちゃんと起きて、ご飯を食べ、はつらつとしているのだろう??、と純粋に疑問でした。

 

朝支度を時間内に済ませ、「おはようございまーす!」と元気いっぱい気持ちの良い挨拶をする、そんな普通の事が出来ない自分を俯瞰して見ていましたから、劣等感を強く感じたものでした。劣等感の塊の私には「おはようございます!」なんて爽やかな朝の風景、クソ喰らえ!!といった気持ちでした・・( ̄▽ ̄;)・・

 

 

ハツラツとした周りの子を羨ましく思う反面、「くそダルい朝もこんな風に振る舞えるなんてものすごく努力しているに違いない」と思っていたので、普通の子をとても不憫に思っていたところもあります。・・(不憫はお前だ!)

 

追い討ちをかけて最悪なのは、前の晩に今日の支度をきちんとしていなくランドセルが昨日の下校時のまま、という更に冷や汗かく事態だということ。

 

昨日の給食のナフキンが洗濯に出されていなく、新しい物を用意していない為、更に母親の目は怒りで吊り上がり、私はその事でまた怒鳴られ、背中に母親からのお説教の言葉を背負って登校する毎日なのでした・・トホホ・・

 

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毎朝の光景・・母は大変だったと思う

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眠くて反応出来ずぼーっ・・



・・という事で、朝支度に問題があり過ぎた過去の私のエピソードを書きました。

あくまでも、私個人の事であり、同じADHDの子どもさんと一致するものではないと思います。

 

 

ただ、朝のスイッチが入らない辛さはもしかしたら共通するかも知れませんね。

 

 

時は過ぎて50代を迎えた私は、仕事をしていた頃は午後からのシフトのものを選び、歯医者や美容院の予約は午後必須。午前中はゴミ出しだけがノルマです。(ありがたい事に我が家の辺りは11時頃ゴミ回収が来ます)

仕事を辞めた今、のんびり寝ている私を横目に息子は朝ごはんは自分で支度しますし(チン!程度のもの)旦那はコーヒーだけ☕️、という有り難い環境にあります(勿論ユアセルフシステム) 私は心ゆくまで朝はのんびり寝ています。

 

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朝寝坊は至福♡



 

ちなみに、今でも午前中私はエンジンがかからなく、1日で1番活動的なのは深夜帯です。

草木も眠る丑三つ時、幽霊もドン引きレベル。ADHDオバサンが目をランランとさせて趣味に没頭しているのであります・・。

怖いっ!

 

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好きな事には没頭できる(深夜限定)



 

handsclapでした。

 

 

読んでくださりありがとうございました。

 

 

またね!(*^▽^*)